物価高騰、金利上昇、将来への不安。
共働きで世帯年収1000万円を超えていても、住宅購入に踏み切れない人が増えています。
「今、本当に買うべきなのか?」という迷いの背景には何があるのでしょうか。
ホームローンドクターとして多くの相談を受けてきた淡河範明さんに、現在の住宅市場の実情と、冷静な判断をするために必要な視点について伺いました。
住宅購入を悩む人が増えている背景

30代から40代の夫婦でも住宅購入を躊躇する人が増えている現在。その背景には、単なる価格上昇以上の複合的な要因が潜んでいます。
まずは、この「迷い」の正体を明らかにしていきましょう。
物価・建築費・賃金、3つの上昇スピードの違い
「共働きで世帯年収1000万円あっても、住宅購入に踏み切れない」
昨今、そんな声を聞くことが増えています。30代前半から40代前半の夫婦でも、物価高や金利上昇の影響で「今、本当に買うべきなのか?」と迷う人が多いのが現状です。
ホームローンドクターとして多くの相談を受けてきた淡河範明さんは、この現象について興味深い分析をしています。
「簡単に言うと、物価の上昇と賃金上昇と不動産価格の上昇という3つの視点で見ると、不動産価格の上昇が最も激しいんです。一番動いているのが不動産価格、次に物価、3番目に賃金という順序になっています」
実際、戸建てであれば以前3000万円で購入できた同品質の物件が4500万円になったり、マンションでは中古でも23区内で1億円を超える物件が珍しくなくなったりしています。
賃金で返済することを考えると、賃金に対する住宅価格の割合が大きくなってしまい、不安になるのは当然の反応といえるでしょう。
漠然とした不安の正体とは
しかし淡河さんは、現在の不安の本質について意外な指摘をします。
「返せるかどうかがわかる正しい判断方法を、実は昔から誰も知らなかったんです。ただ単に値上がりしているので不安になっているだけで、本当に返せるかどうかを周りの人たちがわかっていたわけでもありません」
つまり、以前は「なんとなく大丈夫」という雰囲気で購入していた人が多く、不動産業者も「皆さんこのくらいで買ってますよ」という営業トークで売っていました。
ライフプランをしっかりチェックして納得して購入する人はほとんどおらず、多くの人が感覚的に判断していたのが実情です。
昔から変わらない「不安解消手段の不足」
「本質的に不安を解消する手段は昔からそれほどなかったんです。でも今は、不安を助長するような環境になっているということですね」
現在は給料の上がり方が不動産価格の上昇よりも小さいため、感覚的な不安が「賃金の伸びがないのに大丈夫なんだろうか」という具体的な形を取って現れているのです。
淡河さんが指摘するのは、日本人のマネーリテラシーの低さです。
お金の話をオープンにしない文化的背景もあり、適切な判断基準を持たないまま大きな決断を迫られているのが現状です。
たとえば、よく言われる「収入の5倍まで」という基準についても、「600万円の収入の人が5倍までいいって言われたら、3000万円なんですよ。でもそもそも都心近郊で3000万円で買える家なんてないじゃないですか。3000万円で買えるんだったら買いますよ、という話になってしまいます」と淡河さんは疑問を呈します。
このように、一般的な基準では現実的な判断ができない状況だからこそ、個別の収支状況をしっかりと計算して納得できる選択をすることが重要だと強調します。
買うか借りるかの判断で陥りがちな罠
住宅に関する判断は、どうしてもコスト面に注目が集まりがちです。しかし、目先の数字だけで判断することには大きな落とし穴があります。
特にインフレ環境下では、従来の比較方法では適切な判断ができません。
目先のコストだけで判断する危険性
住宅購入を検討する際、多くの人がコスト面ばかりに注目してしまいがちです。
しかし淡河さんは、これを「マラソンで最初の100メートルが一番早かった人が優勝すると予想するようなもの」だといいます。
「目先の100メートルだけで42.195キロ走り続けるスピードを予測できないのに、目先の値段だけで最終的なコストまで予想できると思う方がおかしいですよね」
重要なのは、人生全体を通じたトータルコストを見ることです。
たとえば50年間で考えた場合、現在の支出だけで判断するのは適切な比較とはいえません。
インフレ時代に賃貸が抱えるリスク
特に現在のようなインフレ環境では、賃貸住宅に大きなリスクが潜んでいます。
「非常に恐ろしいのが、インフレがやってきていることです。これは賃貸に対して非常にマイナス要因ですよね。賃料がどんどん上がっていく可能性があるのに、今の家賃水準でずっと続くという計算で考えてしまっているんです」
実際に、オーナーチェンジなどによる急激な家賃値上げが問題になっているケースも出てきています。
更新時の値上げも今後は珍しくなくなる可能性があり、「家賃が無条件でずっとこのまま」と考えるのは危険だと淡河さんは警告します。
購入vs賃貸のトータルコスト比較
購入の場合、住宅価格は購入した瞬間に決まってしまうため、インフレの影響を受けるのはリフォーム費用など住宅の一部のみです。一方、賃貸の場合は家賃全体がインフレの影響を受ける可能性があります。
「80歳まで家賃を続けたら8000万円、購入でも8000万円だったとします。どちらがいいですか?インフレを考慮していませんと言われた瞬間、購入の方が断然有利に感じませんか?」
このように長期的な視点でトータルコストを比較すれば、感覚的な不安に惑わされることなく、合理的な判断ができるようになります。
デフレ脳からインフレ脳への転換が必要な理由
長らくデフレに慣れ親しんできた日本人にとって、インフレ環境での適切な判断は簡単ではありません。
しかし、経済環境の変化に合わせて思考パターンも変える必要があります。
「待てば安くなる」時代から「待てば高くなる」時代への意識転換が求められています。
「貯めてから買う」考え方の限界
日本人の多くは「ある程度お金を貯めてから大きな買い物をする」という考え方を持っています。
しかし、インフレ環境ではこの考え方にリスクが伴います。
淡河さんは子供時代の体験を例に説明します。
「欲しいものを貯金箱で毎月少しずつ貯めていって、やっと貯まったと思って買いに行ったらインフレで買えなかった、という話が普通にありました。待っていても価格は変わるんだということを教えられていた世界だったんです」
現在は地政学的リスクも高まっており、物価がデフレに戻ることは考えにくい状況です。
海外の情勢によって物価が高くなると、輸入に頼る日本は否応なく影響を受けてしまいます。
金利上昇局面での「待つリスク」
金利上昇が始まっている現在、問題の先送りは無防備に金利上昇リスクにさらされることを意味します。
「金利が上昇しているなら、早めに固定金利で借りた方がいいんです。変動金利で今借りる人が多いというのも理解に苦しみます。まだインフレ脳になっていなくて、デフレ脳なんだなと感じます」
物価上昇があるということは、物価並みに金利が上がるリスクがあるにも関わらず、「あまり上がらない」と楽観視するのは危険です。
資産価値の視点で考える住宅購入
バブル時代には「土地が出たら借金をしてでも買え」という考え方が主流でした。
土地の価格は上がるし、給料も上がっていくので借金返済が楽になるという理屈です。
「今がそこまでの時代ではないとは思いますが、結論を先送りにするのは正解ではない可能性が高いです。物価や金利が上がる前に資産に変える方が、勝てる確率は高いでしょう」
実際、この2〜3年で住宅購入を検討し始めた人の多くが、悩んでいる間に半年で500万円、1年で1000万円といった価格上昇を経験しています。待つことが大失敗になるケースが現実に起きているのです。
住宅ローンを「借金」と恐れる必要はない
多くの日本人が住宅ローンに対して抱く「借金への恐怖心」。しかし、この感情的な反応が合理的な判断を妨げている可能性があります。
住宅ローンの本質を理解することで、より冷静な判断ができるようになります。
ローンは「時間を買う魔法のツール」
日本人は借金を嫌う傾向がありますが、淡河さんは住宅ローンを「魔法のツール」と表現します。
「たとえば5000万円の家を買いたいとします。ローンを使いたくないので現金で買いたい。毎年100万円ずつ貯められるとしたら、何年後に貯まりますか?50年ですよね。それを来年でも買えるんです。50年の期間を短縮する魔法のツールなんですよ」
住宅購入を50年先延ばしにしてしまうと、その時点で安心して住める期間は限られてしまいます。また、高齢になると賃貸契約が困難になるリスクもあります。
「魔法には犠牲が必要です。その犠牲が家計負担です。家計に負荷がかかりすぎる魔法はダメですが、無理なく負担できる程度の負荷だったら、受けてもいいんじゃないでしょうか」
家計負担とのバランスが判断の分かれ目
重要なのは、住宅ローンの返済が家計に与える影響を正しく評価することです。
感情的に「借金は嫌」と判断するのではなく、数字に基づいて冷静に判断することが求められます。
住宅購入は人生の中でも特に大きな決断のひとつです。
しかし、適切な判断軸を持ち、長期的な視点でトータルコストを比較すれば、感覚的な不安に惑わされることなく、自分にとって最適な選択ができるはずです。
次回は、具体的にどのような基準で住宅購入を判断すべきか、より実践的な方法について詳しく解説します。
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