
2018年、“かぼちゃの馬車事件”を発端にスルガ銀行の不正融資が明るみに出てメディアでも大きく取り上げられたのは記憶に新しいところです。調査対象となった投資用不動産融資37,907件(シェアハウス含む)の約2割相当となる1兆700億円を超える融資に対して審査書類の改ざん・偽造等の不正が発見され、これまでに類のない大規模な不正融資事件となりました。
多くの記事では、組織ぐるみのコンプライアンス意識の低さや成績至上主義の問題をかかえた融資担当者と不動産会社の営業担当者が、シロウトである個人を騙して投資をさせた結果、失敗による被害を与えたという、比較的シンプルな構図として解説されていました。
この報道から不動産投資に対してネガティブな感情を抱いた方がいた一方、投資家個人の取り組み姿勢にも問題があったのでは?という疑問を呈する方も少なからずいたことも否定できません。
投資家として同様の損害を被らないようにするために、また問題の本質を見抜き主体的に投資判断をするために今回は過去の不動産融資の変遷をたどりながら、投資家が進むべき方向を解説していきます。
なぜ不動産投資が注目されるようになったのか
不動産投資に注目が集まり市民権を得たのは、「金持ち父さん 貧乏父さん」(2000年 ロバート・キヨサキ著 筑摩書房)が“不労所得”という概念を紹介したことがひとつの大きなエポックメイキングとなりました。1990年代初頭の平成バブル崩壊、2008年のリーマンショックといったイベントで終身雇用制度や年金制度といった生涯にわたる人生設計を支えていた旧来の制度が根底から覆される局面となったことを現実として突き付けられた(特に)サラリーマンの皆さんが、将来の不安を解消する手段として投資による不労所得の実現の必要性を強く感じたところにタイミングよくこの本がベストセラーとなりシリーズ化するに至りました。
一般的に投資対象として取り組まれているものは個別株や投資信託、債権、FXといった金融商品が主流で、不動産投資はどちらかというと地主や資産家がするものというイメージが持たれていました。平成バブル崩壊やリーマンショックの当時は表面利回りが10%を超える物件も珍しくなく、サラリーマンにとってもハードルが低く感じる投資対象として脚光を浴びるようになりました。
ただし、高利回りは大幅な景気後退とそれに伴う極端な融資の引締めが原因でもあり、かなりの自己資金を入れないと指をくわえて市場を眺めているほかはありませんでしたし、そのうえそれなりのボリュームの融資を受けるとなると精神的な負担も重く感じるという部分も小さくありませんでした。
また、十分な自己資金を持った投資家においても不動産投資についての情報の少なさや、少子高齢化や人口減少で空室が埋まらないとか、今後さらなる景気後退が起こるといった空気が市場を支配していたので、「不動産の価格はさらに下がる」という期待から結局、この買い場を逃してしまった人のほうが多かったようです。 この時にリスクを取り市場に参入できた投資家の皆さんは順調に投資を成功させ、2010年代半ば頃から“〇〇大家”といった触れ込みで、非地主・非資産家系のサラリーマン大家さんが自身の体験を書籍化したり、セミナーを開催したり、有料のサロンを主宰することが増えてきました。不動産業者ではなく一般の人がアパート・マンション経営による成功体験を広く公開するということが不動産投資に対するハードルを一気に押し下げたのはこの時期です。
また、2007年にはYouTube、2008年にはツイッター、2011年にはフェイスブックとSNSの隆盛と時代が重なったのも大きかったと思います。これまで不明瞭でなんとなく不安を感じさせる不動産投資の中身が見えるようになったことで、仕事をしながらでもこなせる気軽な副業として認知された不動産投資はこうしてブームに火が付いたのでした。
狙われた銀行

この頃、金融機関はゼロ金利・マイナス金利の弊害で大きく利益が減少し苦しい経営を強いられていました。特に地方銀行の疲弊は激しく、合併やグループ化で経営合理化を図る一方、いくつかの金融機関は不動産担保がとれてデフォルト(破綻)確率が低いうえ案件あたりの融資額が伸びるアパートローンにターゲットを絞り、新規融資の拡大を積極的に進めました。それをやりすぎてしまったのが最初に触れたスルガ銀行や、同様の問題を起こし金融庁から業務改善命令を受けた西武信用金庫などだったわけです。
先のブームもあり、また売買価格相当やそれを超える金額を融資するフルローン・オーバーローンといった金融機関の積極的な取り組み姿勢によりアパートローンを利用した不動産投資が個人投資家を中心に日本全国に広がっていきました。
しかし、いずれの金融機関も原則としてどのような投資家にでもフルローン・オーバーローンが認められていたわけではなく、勤務先の信用度や年収の高さ、預貯金・不動産などの資産背景といった投資家個人の属性によるところが大きく、一般的なサラリーマン投資家が同様の条件で融資を受けることは困難なことでした。
事実スルガ銀行や西武信用金庫でさえ、一般的な投資家には原則物件価格の1割から2割の頭金を求めていました。「頭金ゼロ・自己資金ゼロのフルローン・オーバーローンさえつけば買い手はいくらでもいるのに・・・」そのような状況に業を煮やした一部の業者の思惑が、過大な融資実績ノルマを与えられて喉から手が出るほど融資案件が欲しいという苦悩に合致したときローン担当者をして不正融資に手を染めさせることになったのです。
不正融資の手口

なぜ本来は頭金1割から2割と別に諸費用といった自己資金が必要とされる金融機関でフルローン・オーバーローンが組むことができたのか。
それは、法に触れる手口が不正融資を受けるための手法として一部の不動産業者の中で常態化していて業界自体もそれを不思議に思わない文化を持っていたためです。驚くべきことに当時は収益物件の大手ポータルサイトでも、堂々とオーバーローンをうたう物件を掲載する仲介会社もありました。
ここではスルガ銀行の不正融資で使用されていたと思われる手法をいくつかご紹介します。
(1)二重売買契約書(有印私文書偽造罪 刑法159条)
物件価格+諸経費の全額に対する融資が「物件価格の90%」に見えるような契約書を実際の契約書のほかに銀行提出用として作成する。
例:物件価格9,500万円+諸費用500万円=総額1億円
- 実際の物件価格の契約書(9,500万円)
- 融資を受けたい金額(物件価格+諸経費=総額)が銀行既定の融資掛け目(80~90%)相当になる価格を売買価格とした契約書(融資希望額1億円で融資掛け目80%の場合、1億円÷80%=1億2500万円、90%の場合、1億円÷90%=1億1110万円)
※2つの契約書を作成するために売主の協力が必要になります。仲介業者と売主が共謀しているケースがほとんどで、中間省略登記を利用した取引がよく使われていました。
(2)源泉徴収票や給与明細、預金通帳の偽造(有印私文書偽造罪 刑法159条)
需要の高まりとともに物件価格も上がります。そうなると購入できる投資家が限られてくるため、よりよい属性の買い手を探さなくてはなりません。
しかし実際は銀行の基準に満たない顧客の方が圧倒的に多く、買い手に物件を購入させるために源泉徴収票や給与明細、さらには預金通帳を改ざんし、あたかも年収が高くかつ多額の金融資産を保有する投資家であるかのようにみせかけて融資を不正に通していました。
最近では審査書類に原本提出を求められますが、当時はコピーの提出でも代用できたために書類の改ざんが容易に行われていました。なかには高属性の勤務先と偽るために在職証明書を偽造し、高額の融資を引き出す事例もありました。
※スルガ銀行事件で被害者とされた投資家の側もこういった書類の偽造に加担するか、加担しないまでもそれを知ったうえで融資を引き出した可能性があり、その場合、逆に銀行に対する加害者としての側面があるのではないかという点が当時銀行側や多くの投資家の間で指摘されていました。
(3)多法人/1物件1法人スキーム(詐欺罪 刑法246条の可能性)
銀行の規定により個人投資家が複数の物件を購入したり多額の借入を行うには限度があり、ほとんどの投資家が最初に物件を取得したあとすぐに次の物件を購入することができませんでした。そこで物件購入の度に新設法人を設立し、それを繰り返すことで不動産を複数棟所有するスキームが考えられました。
金融機関が融資審査を行う場合、銀行協会、CIC、JICCといった指定信用情報機関を通じて個人の融資状況を調べますが、不動産取得のために設立した法人の信用情報を確認することは難しく、当時は一般的に審査段階で法人所有の有無を含めて調査が省略されていました。投資家が銀行に対して法人の存在や既存借入について明示しなければ、他の借入を見つけだすことができなかったのです。
もちろん、法人の設立や維持、そして追加の物件購入にも費用がかかりますが、このころ同じように注目されたのが“消費税還付”です。金の売買でわずかな課税売り上げを発生させて、物件の建築費用に課税される多額の消費税の多くを還付するという節税スキームでその後、国税局による節税潰しの規制が導入されるまではこのスキームとオーバーローンを組み合わせて次々と物件を購入し、現金資産と物件規模を拡大する投資家が現れました。
(4)カーテンスキーム(満室偽装))(有印私文書偽造罪 刑法159条および詐欺罪 刑法246条の可能性)
物件が満室であるようにみせるためにレントロールや賃貸借契約を偽装するケースもありました。
しかし運営に関する書類を偽装したとしても金融機関の担当者に現地を確認された場合に空室であることがばれてしまうため、空室の部屋にカーテンを設置してあたかも入居者が住んでいるかのようにみせかけをしていました。
受け継がれる手口
こういった不正融資の手口が話題に上がるようになったのはスルガ銀行の問題が起こった平成終盤あたりからのことですが、実際のところは昭和の時代から住宅ローンの利用においてこういった手口は存在していました。それが平成になってアパートローンでも転用されるようになったということです。
特に、大手不動産会社のように属性の良い買主を集客できず、通常では融資が通りにくい低属性のサラリーマンや、融資自体が難しい非正規雇用者や多重債務者を相手に住宅販売を行わざるをえない中小零細・新興の不動産会社において上記の手口が多くみられ、さらには宅建業法47条3号で禁止されている不動産業者による資金貸与行為等の違反行為も散見されていました。
しかしインターネットやSNSが普及していなかった当時は、一般消費者にその事実が知られることは少なく、銀行からの取引停止や行政指導による業務停止命令など不動産業者の問題が知れ渡るのは業界内の一部だけでした。
焦げ付きが始まった融資
不正融資によって物件の実力以上の融資を行った結果、スルガ銀行の融資件数は堅調に推移していましたが、一方で返済が滞る投資家の増加が懸念事項として無視できなくなっていきました。
特に融資を貸し出した地方物件の中には、立地の問題(賃貸市場が弱含み)や物件の維持管理の問題(賃料水準の低さから維持管理コストが捻出できない)で一度空室が出たら、次の入居者が決まるまでかなりの期間空室が続く物件が多く、学生需要のみに依存するエリアなどでは入学シーズンを逃すと翌年まで丸一年待たないと次が決まらないというケースも珍しくありません。さらに、こういった物件の場合客付け業者に支払う広告料(AD)が賃料の数か月分に及びさらに財務を圧迫します。
また、地方物件はリスクに対するトレードオフを理由として見た目の表面利回りが高く、物件価格の割に土地面積と建物面積が大きく、銀行が担保評価として見る積算価格が高くなる傾向にあります。
こういった傾向は①地方の②築20年超の③中古RC物件にその傾向が強く、積極的に融資を出す物件として注目されていました。
RC建築は積算評価が大きく出る一方、建築費と比例する維持・修繕コストが木造建築に比べて遥かに高額になり、おおよそ築後15~20年程度で発生する大規模修繕工事で場合によっては購入価格を超える範囲の出費が発生するという一面も持っており、手持ち資金がないことから不正融資を受けて物件を購入した投資家は当然、必要最低限のメンテナンスやバリューアップの予算を手当てすることができず、物件の老朽化や陳腐化を放置することでさらに空室の増加、賃料水準の低下、収入の減少と財務のひっ迫によるローン返済の遅延という悪循環に陥ったわけです。
カボチャの馬車事件
2018年シェアハウス運営会社のスマートデイズ社の倒産によりオーナーへの賃料送金がストップ。借金返済に窮するオーナーが続出しました。スマートデイズ社のビジネスモデルは主にシェアハウス物件のサブリースです。
本来サブリースは相場賃料より安く借り上げることで入居賃料と借上賃料の差額が利益になるのですが、利回りを高くみせるため相場よりもサブリース賃料を高く設定していたため実際の内容は逆ザヤとなっていました。
建築会社などから販売報酬として高額なキックバッグを受け取っていたので、逆ザヤによる損失を大きく上回る収入が得られれば、企業としては何ら財務的な問題はなく、むしろ逆ザヤでの借上げでも利回りを高く見せることによって高額で投資家に物件を販売することができればさらに利益が増えるという好循環を見込んでいたわけです。
ただし、このスキームには割高な物件に対するフルローンという条件が前提として必要であり、スルガ銀行の融資が厳しくなるにつれ物件が売れなくなり、キックバッグがなくなったところでスマートデイズ社が倒産したというのは当然の成り行きだったといえます。
この事態を重く見た金融庁はスルガ銀行に対して投資用不動産向けの新規融資について6ヶ月間の業務停止命令を下しました。これはスルガショックと呼ばれ、その影響は不動産業界全体に波及していきました。
不正融資はスルガ銀行以外でも
スルガ銀行の問題を受け、ほかの金融機関にも不動産融資の実態調査の手が広がった結果、西武信用金庫でも不正融資が行われていたことが発覚します。同信用金庫では反社会勢力との関係が疑われる企業や個人への融資が見つかり、さらに公になっていませんがこれら以外の複数の金融機関でも同様の問題があったようです。
この影響で市場全体にわたって不動産融資の審査厳格化が発生しました。
ペナルティを課せられる投資家

さまざまな手法によって不正に融資を引き出したことが融資実行後に金融機関にばれた場合、最悪の場合融資金詐欺で詐欺罪に問われる可能性があり、少なくとも金銭消費貸借契約に基づく期限の利益の喪失によって利上げや融資額の一括返済を求められます。新規での融資も難しくなり投資家にはとって致命的です。
姫路のトランプと呼ばれ、年間家賃収入約50億円・総投資額約500億円の大オーナーであった大川護郎氏も不正融資で資産を増大させた一人ですが、2020年9月に銀行取引停止処分を受け、2021年に自己破産に至っています。もちろん不正融資に携わった不動産業者も取引停止の対象です。
彼らにとっては自業自得ということがいえますが、直接この不正に関与していなかった投資家が不利益を被る可能性があることにも触れておきたいと思います。
不動産取引を行い、融資規定をクリアした条件で金融機関に融資の申し込みをして安心していたのに理由不明で審査に想定以上の時間がかかったり、場合によっては融資不可という結論が出されるケースが時折あります。よくよく調べてみると“売主か仲介業者が過去に不正融資への関与がありブラックリストに載っていた”ということが原因だったのです。
物件はもちろん取引する業者の選定にも注意が必要であるということです。
投資の成否と不正融資は必ずしもイコールではない
受け入れがたいことかもしれませんが不正融資を行っても不動産投資を成功させている投資家はいます。不正融資が不当な行為であることは当然ですが、必ずしも投資の成否を決めるものではありません。金融緩和以降一貫して不動産価格は軒並み上昇しており、購入価格よりも高く売却できるケースがほとんどです。
売買には経費がかかりますが、相場なりの金額で物件を購入してさえいれば破産を避けられた投資家は多くいたはずです。投資家がきちんと相場を調べ、投資分析ができていれば少なくとも不良物件を購入することは避けられたのではないかと思います。
不正融資に巻き込まれないためには

不正融資に巻き込まれないためには、不動産についてきちんとした知識を身に着けることです。
スルガ銀行の問題ではシェアハウス投資家に限っては返済が免除されるという解決策が示されましたが、このようなことはあくまでもレアケースと考えた方が良いと思います。前提として投資の根底にあるのは自己責任であるということです。
知識の取得に取り組む際、情報量のあまりの多さに自信をもって判断できるようなるには時間がかかると不安に思うこともあるでしょう。不動産業者に相談しても早く買うように催促されますし、日々不動産価格が変動する状況下ではすぐに買わないと自分が波に乗り遅れてしまうのではないかと焦ってしまい冷静な判断ができなくなるという不安もあるかもしれません。
そのような問題を解決するためのセカンドオピニオンとして当社にご相談にみえる方が沢山いらっしゃいます。高い倫理観と深い専門性を磨き上げたアセットマネジメント会社として世の中に良い影響力を与えていくことをミッションに作られた株式会社アセットビルド。
不動産投資を取り巻く要素は、建築・不動産・法律・経済・市場・財務・運営・リスク管理など広範囲にわたります。時代の潮流を読み、多角的な視点で意見をくれるアドバイザーは投資家の判断を良い方向に導いてくれるはずですし、私自身もそうありたいと日々仕事に取り組んでいます。
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